それをわたしはこう作る

裏短コンの出題だけしてブログをなんにも更新しないのは甘えだと思ったので、お茶を濁すようなものを。

詰パラ2009年9月号デパート
堀切良太作



合駒職人の作品。序の二段角合の意味づけがちょっとおもしろい。
まず、2手目すぐに24玉は35金、33玉、34金迄。15からの脱出を図るべく、捨合がまず必要です。しかしそれでは同金、13玉、25金で、16に何を合駒しても14香迄。そこで、あらかじめ16に中合して香を近づけておき、同様の手順で25金の時に16飛と取ってしまい、その飛を14にまで利かせて逃れるのが玉方の狙いです。
そういうわけで16合~15合が確定となりますが、前に利く駒だと15金~14金と押しこんでいって、13にもらった駒を打って清算すれば詰んでしまいます。またいずれかが桂合だと15同香、24玉に16桂迄ですね。
単純といえば単純ですが、打歩詰も絡まない中で連続角合を出してしまうのはさすがというところ。
ちなみにこの16合ですが、最近たまに見かける「時間差中合」の要素を含んでいるとは思いませんか……? 本旨じゃないので詳しくは書きませんが、わかる人にはこう言っておけばなんとなく伝わるかと。
連続角合の後は龍の移動中合まで出て、なんとかその飛も捨ててまとめきっています。

で、この作品を見て思ったのは、前半と後半がやや分裂気味だなあということ。
連続角合のところはそれで意味づけが完結していますし、そこからどうやってまとめるかを考えた結果、龍の移動中合からの手順を見つけたんだろうなと思います。

では、序の連続角合だけを単体で切り出したらどうなるか……。
やってみました。



1段下げることで、歩合の変化を短く切り詰めることに成功。駒数も減りました。
もらった2枚の角を、斜め一線に捨てるという構成で、ストーリー的にも完成している。
最終手の成生非限定が気になりますが、どうしようもありませんでした。

さてこれで終わるとわざわざブログで書くほどのことではないんですが、詰パラのバックナンバーをめくっていたら、見つけてしまいました。同じことをやっている方を。

詰パラ2000年2月号高等学校
縫田光司作



堀切さんの作品よりずいぶん前ですね。
連続角合の機構はまったく同じ。その処理の方法ですが、原型邪魔駒消去という技を使っています。
51となんていう駒を置くくらいなら鈴川図のほうがいい気がしなくもないですが(おっと)。

類作がどうこう、というよりも、いろいろな作家のいろいろな作り方を見られるのはおもしろいことだと思います。

禁じられた遊び手筋まとめ その5

その4を書いた後に、メールで2作指摘していただいたので、紹介します。


【21】
冨樫昌利
詰パラ1993年7月



【19】原田作に、「系譜を見ても前例らしいものがなく斬新」と書いたら、ありました 笑。銀の代わりに、金を用いています。
すべては4筋に飛を回るための攻防。馬が邪魔駒というのもすごいですが、続く38金が、36玉の余地を与えてしまうためひじょうに指しにくい。47金打で簡単に詰むとわかればなんということはないのですが、作り方として見習いたいところです。
中合せずに34玉では24金、44玉、33角成、同飛、49龍迄なので、28歩合(桂合禁止)となりますが、以下収束もまあ決まっています。
C級順位戦で昇級。


【22】
YYZ
詰パラ2002年9月



欠かしてはならない作品を忘れていました。YYZ氏の小学校半期賞作。
初手37飛では47桂合で逃れてしまうので、もう一段深く飛を引いておく構想です。
焦点を8段目に、という作りは今までたくさん見てきましたが、「限定打ではなく限定移動にすれば中合処理が必要ない」原理に基づいて、たった7手でまとめてしまったのが、この作者の感性を反映していると言っていいでしょう。


今後とも追加で作例を見つけた方はぜひご指摘ください。

禁じられた遊び手筋まとめ その4

お待たせしました。その3の続きです。
皆さんのコメントによる指摘と、独自調査によるリストなので、時系列は前後してしまいます……ご了承ください。


【17】
エマージェンシー
F-86F
近代将棋1981年6月
添川公司氏による修正図



般若一族の作品。作者名F-86Fは黒田紀章氏のことです。
禁じられた遊び手筋の利用方法としては、例のごとく焦点を8段目にもってくるもの。75飛~54飛は45飛に44桂合で逃れるため、79飛~58飛とすれば焦点に桂合ができなくなります。

この作品の発表年が不運なことに、同構想の【3】桑原作の翌年となってしまいました。違いを指摘すれば、こちらは57桂合といったん中合することで焦点を47に変え、なにがなんでも歩を渡さないように受けていることです。これをすると、56桂合や55桂合、さらに2手目の桂合など、さまざまな変化に折り合いを付けなければならず、収束にしわ寄せがきたり、必要以上に難解になったりしてしまいます。いっぽう【3】は、早い段階で桂合をしたら55桂ですぐに詰んでしまうところが、繰り返しになりますがやはり巧いと思います。

詳しい解説や原図(余詰)は『般若一族 全作品』をご覧ください。


【18】
半小黒
『般若一族 全作品』2014年7月



これまた般若一族の黒田氏。
発表を2014年7月と書きましたが、実際は【17】と同じ1981年に、詰パラ5月号に発表された「衛星の棲」という作品があり、ここに引用したのはその原図。
「衛星の棲」は禁じられた遊び手筋が紛れに組み込まれたもので、作意にはいっさい現れないため、『般若一族 全作品』に掲載された原理図のほうで紹介するほうが、ここでの趣旨にそぐうと思ったわけです。

7手目37飛は22玉として、14銀に27桂合で同香、12玉、23銀成、11玉に17飛が回れずアウト。かといって14銀のところ34銀と開王手するのは24香合、同香、13玉、23香成、14玉、18飛、15合★で逃れ。
そこで38飛として28桂合を禁手にしてやりましょう。
【17】エマージェンシーと同じように、飛を近づけてなにがなんでも焦点に桂合をしてやろうという受けが、34桂合~24桂合となります。収束までスマートに捌いて、完成品かと思います。
ところで、8手目37桂合ではなぜだめか。それは同飛、22玉に34銀と開いて、上記変化★のところで桂を持っているので26桂迄です。
つまり、飛を近づけておくのが37~35は早詰で34ならいい理由は、34銀を防ぐためなんですね。
【17】ではやたら複雑になってしまっていた中合位置が、こちらではなんとも巧く限定されているではないですか。


【19】
原田清美
詰パラ2008年12月



時代はいきなり平成で、中合芸人の原田さん。
これは焦点というより、銀を壁にして3筋に飛を回れなくするための中合を桂合禁止にする構想。銀ソッポというのが巧いし、ならばと玉方は14桂合で3筋に回れなくする駆け引き。最後には24歩を吊り上げて結局回れます。
系譜を見ても前例らしいものがなく、斬新です。
短コンで上位入賞。


【20】
柳田明
詰パラ2011年6月



全詰連会長の順位戦作。
4手目、すぐに46飛だと45馬、26玉、59角で48桂合ができません。そこであらかじめ57桂合として近づけておく手筋。それでも結局48角と捨て、以下最短のまとめ。
(広義)高木手筋との組み合わせは【15】に続いて2局目ですが、作者のセンスが出るものです。


以上で、禁じられた遊び手筋の前例はほぼ出尽くしたのではないでしょうか。
この記事に触発されて新しい作品が生まれたら嬉しいのですが。

禁じられた遊び手筋まとめ その3

その2の続きです。


【11】
近藤諭
詰パラ2000年5月



この記事のもととなった論考が書かれるきっかけとなった作品。
銀2枚を軽く捌く序を越えて7手目、すぐに33馬では14玉、19龍、16桂合、同龍、同角……で手がありません。
そこで36桂と打って合駒位置を18にすることで、桂合を防いでいるわけですね。以下は簡単な詰み。
合駒の紐駒をあらかじめ移動しておく理屈は、【1】や【7】など最もオーソドックスなタイプなので、それ以外の部分でもうひとつ主張できる点がほしいところ。


【12】
森長宏明
詰物屋2000年9月



またもや森長氏。ご自身のホームページであっさりと発表された作品です。
馬をどかすための45角に対して、同馬では19飛に18桂合ができません。そこで玉方は線上に34桂合といったん近づけてから取ることで、合駒位置を16にしようという狙い。以下は龍も消してひじょうに手慣れた収束。
合駒位置を変えるというおなじみのスタイルですが、これは玉方応用に分類されるでしょう。


【13】
三角淳
詰パラ2000年11月



東大将棋部時代の三角氏の作品。
平凡に55金、75玉、48馬としてみると、57歩合なら切って66歩で簡単なのに、57桂合で駒が足りません。そこで初手28馬と様子を見てみます。37の合駒に55金~79馬と進めれば、飛筋が止まっているので相当に詰みそうです。
37に高い駒を合駒すると同馬以下詰むので、37は角合にして48に利きを作るよりありません。39馬に48桂合……ができないんですね!
そこで玉方は必死の抵抗、48角成のタダ捨てから57桂合という順です。この角桂を使ってなんとも気持ちいい収束が待っていました。
いったん成り捨てて線駒を通すという狙いは【8】と同じですが、桂だけでなく角の移動中合にしてさらにダイナミックになっています。作者自身も【8】を知った上での創作だとコメントしています。


【14】
大崎壮太郎
詰パラ2000年12月



我らがデパート担当の、入選2回目の作品。
17桂合を避けるために72龍と突っ込んで馬筋を変えます。
飾りっ気も何もあったものじゃありませんが、スペシャルミニマムな表現としては満点でしょう。
短コンで45作中24位。


【15】
若島正
第6回解答選手権チャンピオン線(2009年3月)



いよいよ若島正が登場。
28角、66玉、39角とすると、48桂合ができずに詰んでしまう。そこで先に37桂合として角を近づけておこうという仕組みです。こうすると攻方は角を残したまま桂をタダで得ることができるので、55角以下の収束に結びつきます。
作者のブログに、この作品の裏事情が載っていますので、興味のある方はぜひ。→「ルービック・キューブ」を解く(その2)
高木手筋を絡めた構想部分から詰上りまで、まさに一点の無駄も緩みもない傑作だと断言したいです。

ところで高木手筋というのは、まだその定義さえまったく曖昧な状態だと思いますが、僕は最も広義の意味付けで捉えています。すなわち、王手ラインが2つ(以上)あり、後で中合をしたいのに「とある事情」によってできないので、1つめのラインで中合して大駒を近づけておく、というもの。
「とある事情」に「金先金歩」を代入したのが高木秀次作、「禁じられた遊び手筋」を代入したのが若島作、と解釈しておきます。


【16】
宮原航
詰パラ2013年7月



僕と同い年で、かつてはこのブログで詰将棋ウィークリーなる企画を共同運営していた作者。上の若島作をさらにアレンジしてきました。
初手から88馬、合駒、65馬、46玉に79馬で玉方は困ります。前に利く合駒では取って47に打たれるし、例によって68桂合は禁手。ちょっと工夫して77を香合にして79馬を取ってしまおうと目論んでも、そもそも香合の瞬間に同馬、同桂成、57香で詰んでしまいます。
そこで登場、高木手筋。2手目77桂成として、あらかじめ馬を近づけておきましょう。取らずに65馬、46玉、79馬には、68圭!で受けようというのです。
したがって77桂成は取るしかなく、以下2枚目の桂合を動かして、馬まで捨てての詰上りです。
今まで見てきた禁じられた遊び手筋の系譜を考えると、成桂合をしようという発想は過去作のうち【10】にしか見られず、きわめて稀な構想と言えるでしょう。


さて、以上16作を見てきました。
2000年以前の作品は、先行研究により網羅されていることを期待したいですが、2001年以降は僕が思いついた作品を紹介しただけなので、抜け落ちがあると思われます。もっと作品をご存じの方はぜひ情報をお寄せください。


参考
詰パラ2000年9月号、2001年2月号、5月号、8月号、11月号
『「八段目桂合禁止」利用作品の系譜』(その一~その五)阿部健治

禁じられた遊び手筋まとめ その2

その1の続きです。


【6】
森長宏明
近代将棋1986年5月



【4】【5】に続き、再び森長氏。
焦点合パターンが続いていましたが、今回は玉位置を動かすことによって禁じられた遊び手筋を使います。
初手18香は17桂合の捨合があり、同香では25玉で17桂が打てず、かと言って36龍、15玉、17香、24玉では持駒が桂桂で手がありません。そこで初手から28桂、17玉と動かして、18に桂合はできないので歩合を強要してから16桂と跳ね出して元に戻せばいいという仕組み。
収束まできっちり決めて、理想的な仕上がりと言えます。


【7】
上田吉一
詰パラ1992年10月



【2】の看寿賞作に引き続き登場の上田氏。今度は易しい構想です。
初手を入れておかないと77桂打合が効いてしまうため、成らせて88に合駒をさせるという魂胆。
43桂~12歩成として99銀を入手した後に、12歩~31桂成と逆モーションで初形に戻ったかのような構成がストーリー性を感じさせます。
構想部分が玉から離れているので、遠隔操作のような印象も受けますね。


【8】
森長宏明
詰パラ1992年12月



またまた森長氏。今度も新しい構造を取り入れてきました。
初手から53金、41玉、49飛では47桂合でうまくいきません。そこで初手にいったん59飛と様子を伺い、仕方なしの桂合をさせてから49飛と寄ることで、合駒位置が48になっています。
従来ならばここで歩合となって収束するのですが、48桂成~47桂で何が何でも桂しか渡さない強情な受けがありました。以下、龍も捨てて、最短のまとめとなります。
なお、22香は12飛成以下の余詰防ぎですが、なぜ歩でないのかは謎です。


【9】
森田銀杏
詰パラ1995年9月(修正図)



森田手筋の創始者登場。禁じられた遊び手筋の上にさらにもう一つ構想を塗り固めた作品となります。
序はちょっと乱暴ですが、8手目の局面が問題。素直に31飛成以下進むと、分岐手順のように16歩合とされ打歩詰に誘導されてしまいます。(ここ16桂合は詰むことに注意)
そこで9手目から53歩成、同玉、64金とこちらに金を使い43の利きを外して打歩詰を回避しておくのがミソ。42玉に対し予定どおり31飛成と追うと……玉方は今度は16桂合! そう、打歩詰回避の64金が仇となって桂打のスペースを潰してしまっているのです。
ここまでこの記事をお読みの方ならもう鍵は見つけているはず。そう、13手目に54桂、同角の2手を入れておけば、19飛に対する合駒位置が18になって桂合ができない、という仕組み。以下、狙いどおり歩が打てて詰み。
「桂合なら詰むが歩合で詰まない」→(攻方の工夫)→「歩合なら詰むが桂合で詰まない」→(攻方の工夫)→「桂合を禁手にして歩合強要」という、構想の流れが実にエレガントと言えます。


【10】
富沢岳史
詰パラ1998年11月



詰パラの検討者による、壮大な構想作。
2手目64玉は55角成以下79飛が回れるので詰んでしまいます。58歩合、同飛、同銀成は55角成以下だし、58歩合、同飛、64玉とよろけてどうだ、79飛が回れないだろうと主張しても、合駒が歩では75歩と打たれてぜんぜんダメ。58桂合が打てればいいのに……。
しかし2手目単純に45に逃げる手がありました。49飛と銀を取られてしまうのですが、46桂合とすると結局は銀を54に捨てるしかなく、同玉、59飛に58桂成!がハイライト。成桂なら8段目に行ってもいいだろうという発想で、同飛、64玉となって、玉方は歩を渡さず79飛を回らせずという目的を達成しました。以下は収束ですが角、桂、飛という合駒が出てきてかなり難解な仕上がりです。
45玉は単に逃げる手と言えばそのとおりなのですが、不利逃避のにおいがします。また攻方は単純に攻めているだけなのに、玉方だけが苦心して桂合をひねり出してくる構成も、今まで見てきた他作品とは一味違う作りですね。


今回はここまで。次回はどのような構想が登場するのか、乞うご期待。

禁じられた遊び手筋まとめ その1

ちょっと前に田島秀男「古時計」の完全性についての記事を書きましたが、その頃の詰パラをめくっていると、もう一つおもしろい論考が目に止まりました。
阿部健治氏による、『「八段目桂合禁止」利用作品の系譜』というものです。
当時高校を担当されていた阿部氏が、解説した作品の中にその原理を利用した作品があったため、自ら前例を一挙にまとめた、という論考で、全5回、1年以上に渡って連載されたものです。
この記事は、そこで紹介された作品に最近の作品を加え、フラ盤で再生できるようにして、かつ、発表年順に並べたものとなっています。


【1】
禁じられた遊び
山田修司
近代将棋1972年3月



言わずと知れた一号局にして名作。しかし恥ずかしながら、僕もちゃんと鑑賞するのははじめてです 笑。だってネット上にどこにも載ってないんですもん。(と、思ったらしっかり載っていました→詰将棋の欠片)(この詰2010にも載っています)
巨椋鴻之介氏の同名の作品集とは直接の関係はないと思いますので、混同しないように。
16手目の局面から桂2枚を投資し8手かけて龍の位置を68に変えておくのが主眼。これで38手目に桂合されることを防いでいます。
なお36手目作意は同となのですが、24桂合とされると変同なのがちょっと気持ち悪いかも。


【2】
上田吉一
詰パラ1972年5月



こちらも言わずと知れた看寿賞作。
6手目に焦点合が出るのですが、それを桂合にされてしまうと詰まないので、焦点を8段目にもってくるための遠角2発、という構想。
遠打モノは中合の変化処理に神経を使うのですが、2手目、4手目には桂合が売り切れで、84の桂を拾って6手目には桂合が可能になるように作ってあるのが大事なところです。
「禁じられた遊び」より2か月後の発表ですが、投稿から採用までの時間差を含めれば独自の構想であると言えそうです。最初からこの手筋を遠角と組み合わせて表現してしまうのは、さすが上田吉一といったところ。


【3】
桑原幹男
詰パラ1980年5月



8年の月日が流れ、【2】上田作の飛バージョンが誕生。
今回は桂の品切れを使っておらず、2、4手目で桂合をすると49飛のところ55桂があって早詰という割り切り方が巧い。
角2枚を成り捨てて調子のいい収束ですが、最後だけちょっと乱れるのが現代的視点で言えば残念かも。


【4】
森長宏明
将棋マガジン1983年12月



簡素にして決定版。
25龍では55合で9筋に回れない。58龍では55桂合で作意通りに進んで94桂となりやはり最後9筋に回れない。よって89龍が、焦点を8段目にもってきて歩合を強要する唯一の移動場所というわけ。
たったこれだけの配置でこんな構想が実現できることにただただ驚きです。


【5】
森長宏明
詰棋めいと1985年2月



再び森長氏。この後にも何回かご登場予定です。
今度は山本民雄「嗚呼、君知るや9九飛」のオマージュ。5手目78飛とすると、37玉、87飛、77桂合、同飛寄以下持駒が桂なので逃れです。これも焦点を8段目にもってくる手筋と解釈できそう。
玉方金が序と収束に2回ずつ動くのがアクセントでしょう。


とりあえず今回はここまで。→その2

なお、最近の禁じられた遊び手筋の作例がよくわかっていないのですが、いずれ取り上げたいので2001年以降でご存知の方、教えて頂けたらありがたいです。第6回解答選手権若島作と中学半期賞宮原作は紹介する予定ですが……。


古時計をもうちょっと

このブログで書いたそれでも古時計は動いているの記事に対して、まつきちさんからメールで長いコメントを頂きました。
せっかくですので紹介いたします。



今回の田島さんの作品については十分理解できていないのでコメントは控えます。
また規約に関する議論も避けたいと思いますが、当時のことを少し思い出したのでコメントさせていただきます。

「古時計」。発表は1989年ですか。変長の指摘があったこと、2001年の安江さんの論文とそれに続く誌上のやりとりがあったこと、記憶にあります。
当時感じたのは、「これは変長じゃないの」ということです。
紹介されたご意見のなかでは大和敏雄さんのものが、私の感覚をもっとも代弁してくれているものだったと思います。
また川崎さんのご意見もごもっともで、作者の説明も安江さんのご意も、正直なところ、随分無理のある解釈だなと思いました。
今振り返っても、仮に理論的に突き詰めればその通りであったとしても、当時はそれをにわかに受け入れがたい、そういう考え方だったのではではないかと思います。
馬ノコや龍ノコと同じと言われても、大きな違和感を覚えます。
新しい概念が普遍的なものになるのは時間がかかりますから、当時の状況はやむを得ないものだったようにも思えます。

古い話で恐縮ですが、私がパラを読み始めた当時(1971年)は変長も4手長まで許容範囲という時代でしたが、今では4手長どころか2手長も許されません。変化同手数も大きな減価事項となりました。
時代とともに感覚が変わってきた一つのサンプルのように思います。
作品にキズがあったとき、どこまでが許容範囲かというのは時代によって変わると思います。その時点で白黒つけるのはなかなか難しい。しかし時代が変わればモノの見方も変わってくる、そういうことはたくさんあると思います。
そういう意味で今回の鈴川さんの記事は大変有意義だったのではないかと思います。

ここまで書いてきて、次のような視点が当時あったのかどうか、ちょっと気になりました。
王手の千日手や二歩は禁手ですが、無駄合は「禁手」ではありません。
無駄な合をする方に逃げてはいけないのではなく、駒の余らないように(無駄合をせず)逃げてください、という解答者へのお願いなのではないのか。

それから解答欄魔さんの意見にもありましたが、ルールが流動的な場合(普遍的な市民権を得ていない、というような意味ですが)は、「この作品はこういう前提でつくられています」という宣言をして発表するのはアリかもしれません。
ただし評価の土俵が異なるということが前提になってきますが。
復元型の合駒をすれば詰ます作品が発表されていますので…。

何か当たり障りのないことを総花的に書いているだけのような気がしてきました…。

なお、加藤さんの「おもちゃ箱」に復元型の無駄合についての問題提起があります。
その方面に興味のある方は一読されてはいかがでしょうか。

私が川崎さんの考え方の中で好きなのは「ともすれば詰棋人は白黒つけたくなる傾向があるが、共通認識のようなものを大切にしてはどうか」というところです。
(私が少々勝手に解釈しているのかもしれませんが)
作者にも解答者にも、その人の価値観があります。それは定量的なものではなく、主観であるからこそ、共通の物差しで測りがたいものでもあります。
多様な価値観が共存するからこそ「パラダイス」だと言えるように思います。
四角四面な規約論議は閉塞感こそ生まれても、自由闊達な詰将棋の発達にはつながらないのではないかと、そう感じます。



おもちゃ箱での原型復帰型無駄合に関する問題提起は「復元型の無駄合」が詳しいです。
この前の記事でリンクを貼っておけばよかったですね。

また、前記事で触れためいとの川崎さんの論考も、まつきちさんに送って頂きました。
本当に感謝です。
著作権的にここでそのまま公開するわけにはいきませんので、また機を見て紹介できればと思います。

それでも古時計は動いている

前記事、田島秀男作401手の続きといいますか、こちらが本編といいますか。

田島秀男氏はこれまで数々の名作を残していますが、その中に「古時計」があります。
1989年6月に発表された長編作。しかし原型復帰型無駄合が絡んだ「変長」のレッテルを貼られ不完全扱いとなってしまいました。
詰キストならたとえ長編に興味はなくても知っておかなければいけない作品。しかし、ネット上をいくら探しても、解説どころか図面さえも載っていない。
これが、このブログで古時計を取り上げたいと思った理由です。

古時計の発表から10年余り経過した詰パラ2001年3月号。とある論文が誌面に掲載されました。
『古時計は回りはじめた』安江久男
これは、それまで不完全とされていた古時計が本当に不完全作であるのかを考察したものでした。そして掲載されたその翌月から、読者サロンにてたくさんの意見が続き、古時計の奥底に迫っていきます。
そこでこの記事では、この論文を追って、古時計の作品とそれに付随する議論を紹介したいと思います。
原型復帰型無駄合そのものに関する議論をこのブログで行うのとは趣旨が違うことをご理解ください。

論文や意見そのものをまるごと掲載するのは著作権的に怪しいので、序文および結論部分だけの紹介と、そして僕の注釈も入れていきます。



大きなのっぽの古時計
おじいさんの時計
百年いつも動いていた
御自慢の時計さ
・・・・
今はもう動かない
その時計

「古時計」と言って誰もが思い浮かべる名曲ですが、詰キストにとって忘れられないもうひとつの名局が、詰パラ四百号記念イベント「詰将棋博覧会」に寄せられた田島秀男さんの作品です。
しかし、「おじいさんの時計」のように百年動くことはありませんでした。
〈変化長不完全〉それが『古時計』の時間を止める言葉でした。
はたして本当にそうだったのでしょうか。
あれから十年余り、私たち「蜜の味グループ」で無駄合の話が出た折りに、ふと、この作品を思い出し、見解を求めてみました。
「・・・・それはさておき、果たしてこの変化長裁定に至った議論(後述)におかしな点はないのでしょうか?」
なお当時のメンバーは、岡崎正博、金子義隆、森田銀杏、山田修司、湯村光造の各氏と私の6名。現在は巨椋鴻之介さんが加わっています。
意見を交わしてみると、「問題の変化を作品のキズと感ずる人もいるだろう・・・・」という発言はありましたが、当時不完全とされた本局に、全員が変化長とはみなされないとする見解で一致していることが分かりました。
裁定とは正反対の結果になったわけです。
そこで、あらためて『古時計』の作意と、不完全裁定に至った経緯を紹介し、併せてこの名作の失地回復を図るべく、説明を進めていきます。
本稿をお読みいただき、読者諸兄の賢明なご判断を仰ぐものです。



まずはとにかく、古時計の図と作意を並べてみましょう。

furudokei-p.png

こちらは発表図。後に改良されており、今回はその改良図のほうで話を進めていきます。



ご覧の通り、最近の田島作と比べれば、構造は非常に明快。
5筋6筋をくるくると回している間に、持駒が歩4→香4→桂4と変化していきます。
歩から香になるところは解説は必要ないでしょうね。ただ追い手順中、最初の1回転は48手目52玉、41飛成、53玉、43龍とよろける手順が入ることに注意。香が1枚でも持駒に入った後は、52玉のときに53香~41飛成で早詰です(原図と比べて59歩があるのでこの4手が伸びた)。
また4回転目は、80手目53飛合が利かなくなります。詳細は分岐参照ですが、「桂を1枚でも持った状態で75香が打てれば詰み」と覚えてください。
そしてこの機構により、香合が品切れになった後は桂合が続きます。その途中に玉方に香を渡すにも関わらず、再び香合されて千日手に陥らない理屈は、75に利かせることが鍵になっていたのです。
持駒が4桂になれば、もう75に利かせる桂合が品切れになり、53香合から収束に入ります。短編のように切れ味のいいまとまりで、解答者からは絶賛の嵐でした。



完璧としかいいようのない傑作です。
解説の上田吉一さんが、異例とも言える5ページを割いて詳細に解説されたのもその表れだったでしょう。
ところが結果発表翌月、本局に「変化長ではないか」と小沢正広さんから疑問が寄せられます。



問題となったのは、166手目65玉の変化。
玉方の香が尽きるまでこの変化を選び続ければ、手数が大幅に伸びます。
解説ではまったく触れられなかった部分で、これに対して作者は、「65玉は前の63香合を無駄にさせる手」だと主張します。
158手目の63香合自体はもちろん無駄合ではないのですが、玉方が65玉とすることによって無駄合になってしまうということ。
だから「無駄合はしない」という詰将棋のルールに反するので、65玉は「選択肢にない」という理屈。

なんだかこのフレーズ、聞き覚えがありまして……。
以前このブログで書いた、このセカイに意味はあるかに登場した理論です。
こちらの例題ではただの無駄合についての議論でしたが、古時計では、それに関して原型復帰型という厄介な問題がついてまわっているのです。

古時計が変長であるという小沢氏の指摘と、作者の主張。これを併記した上で、当時詰パラを引き継いで間もない柳原編集長は、「作者の理論にはかなり無理があり、本局は不完全扱いとします」と断を下しました。
これに作者は反論をすることもなく、名作がひとつ、闇に葬られました。
その古時計の針を再び回し始めたのが、この安江論文。安江氏は論拠として、「象戯大矢数」の巻頭局を持ち出します。



1697年刊の作品集、「大矢数(おおやかず)」。作者(編者?)は无住僊良(むじゅうせんりょう)。
「百之外」「百手四度戻り」などと別名も多いこの作品、馬鋸の一号局です。
18手目に72歩合とすると、歩が尽きるまで手数を伸ばせる、いわゆる原型復帰型無駄合含みです。
明文化すると、「その後詰方の持駒が増えるだけで、同一局面に還元する応手は無効」となります。
当時でも、馬鋸における原型復帰型無駄合は、無効とされていました。

安江氏は、「心得べきは、〈無駄な応手〉であって〈無効な合駒〉では本来ない」と主張します。
したがって、古時計の65玉は〈無駄な応手〉として無効とされるべきだ、と。
原型復帰型無駄合と本質が変わらない手だということです。

以降、再び安江論文の抜粋。



作者はこれを主張するのに、従来からの無駄合の概念だけで応じたため、論旨に明快さを欠きましたが、噛み砕いて読んでみれば作者の主張されていることは同じ、決して「無理な理論」ではありません。
メールによる意見交換の中から、本局発表当時休眠に入っておられた山田さんの発言を引用させていただきます。
(山田修司)
『この作で問題になる65玉の応手は、その後詰方の持駒が増えるだけで、局面や詰手順の展開に本質的な変更や影響を与えませんから、手数の引き延ばしを計るためだけの応手です。
玉方は最長手順に逃げるということから言えばこういった応手も充分意味はありますが、我々は、玉方の駒がなくなるまで単なる手数引きのばしを繰り返すだけの手は無効な応手、或いは無意味な応手としてきました。
大矢数の72歩合を無効な応手と位置づけ、これを無駄合と称して廃することにしたのはその表れです。
大矢数の72歩合と古時計の65玉を比べると片方は合駒、片方は合駒でないという風に形を変えていますが、全く同じ効果や意味を持つ応手です。
従って、我々が「最長応手」の考え方から、手数を引き延ばすためだけの応手を外そうと考えている以上は、この作も馬鋸の無駄合が利く型と同じく、完全作とみなすのが、公平であり筋の通ったものの見方と思います。
従来、馬鋸にそういった疑問がでなかったのは、単に見慣れているからに過ぎません。
古時計のようなケースは多分初めてでしょう。その点だけでもこの作は大矢数の馬鋸同様、歴史に刻まれる価値がありました。
慣習にないことから、違和感を感ずる人はいたとしても、それをもってこの名作を闇に葬ることはなかったと思います。作者本人の説明は、「65玉は158手目63香合を無駄にさせる手」というように63香合が結果的に無駄合になるという迂遠な言い回しですね。
(鈴川注:古時計は185手詰から189手詰に改良され、本稿では改良図で説明しています。したがってここで引用した「158手目63香合」は162手目のこととして解釈してください)
馬鋸の72歩合の繰り返しがダメなのは「無駄合」だからダメなのではなく、手数を引き延ばす以外に意味のない応手だからダメなのであり、それが合駒だから「無駄合」と名付けられているに過ぎないのです。
合駒するのも別の位置に逃げるのも、どちらも玉方応手の一種であることに変わりはありません。
ですから作者の反論は65玉の応手そのものがダメな手だ、と主張した方が良かったかも知れません。
小沢さん、柳原さんにはもう少し柔軟に考えて欲しかったと思いますが、今までなかった型ですから田島さんの言い分を素直に肯けなかったのは、無理もないところはあります。
田島さんの説明は間違いではないと思いますが、分かりにくかったのかも知れません。
また、まわりの詰棋人は一体なにをしていたのか、といった義憤も感じます。当時の詰棋界に、このことを柔軟に判断できる人がいなかったとは思えませんが、何故、田島さんの応援に廻る人や関心を持つ人がいなかったのでしょう。・
かえすがえすも、この傑作に不完全作の汚名を着せてしまったのが残念ですね。』
当時積極的な応援に廻らなかった私には、耳の痛い言葉です。
「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや・・・」かっての山田修司さんのようにひとり無念を噛みしめていたに相違ありません。
これを境に静かに詰棋界を去ったかに見えた田島秀男さんは、月日とともに心の傷も癒えたのでしょうか、最近は正解者皆無の傑作『乱』で看寿賞、『乱』に勝るとも劣らぬ名作『らせん』でめいと賞を受賞するなど、相ついで大作を世に問い、その天分を発揮しつつあります。

『古時計』は回り始めたのです。



さてこの論文が出るやいなや、各地で議論が活発に行われ、翌月4月号にはたくさんの意見が読者サロンに寄せられました。
要点だけ紹介していきます。

川崎弘氏
玉方最長原則に反する、無駄合の概念がどうしてできたか。指将棋からの素朴な感覚に基づくが、「原型に戻るまでの順が一目でわかるから」が暗黙の了解であり、戻るまでの順が難解な場合は想定されていなかった。後者のケースは古時計を含めて私が知る限り3局であり、いずれもその都度疑問が提示された。
想定していなかった事態が起きたのだから、総合的に議論を重ねた上で解釈を確定するのが本筋だろう。
これについての詳しい私見は「詰棋めいと20号」に掲載した。(現在手元になく参照できず)

白川文夫氏
無駄合は変長の中で例外的に不問とされてきたもの。よって手数を引き延ばすためだけの「応手」を排除してきたのではなく、手数を引き延ばすためだけの「合駒」を排除してきたのだ。よって古時計の65玉は合法。
例えば下図で38歩合は「無駄合」ではないが「無駄な応手」には当たるだろう。こんなのも認めろというのか。
shirakawamudaai.png
(38歩合以下、同馬、18玉、36角、27歩合、同馬、29玉、47角、38歩合……)

護堂浩之
私が問題だと感じたのは、「65玉が無駄な応手か」ではなく、「63香合~65玉の組合せが無駄なのか」ということ。例えば「63香合とするとその後の65玉という無駄な応手が最善となってしまうので、63桂合が作意です」という場合も考えなければいけない。馬鋸の無駄合の延長線だけで片付けられるものではない。
また、解答者の負担はどうか。ループ手順が長ければ長いほど、無駄とは言えなくなるのではないか。
なお山田氏の発言中の「小沢さんは柔軟に考えてほしかった」という部分は間違え。彼は「この変化は変長なのではないか」と指摘しただけなのだから。むしろわかりにくい変化の書き方をした作者が第一の責めを追うべきでは。

大和敏雄氏
私の無駄合判定基準は、「合駒を王手した駒ですぐに取って」、「その合駒を使わずに」、「2手長くなる」こと。
すると大矢数は変長になる。ただ馬(龍)鋸作は例外としてもいい気がする。近年では合駒されたら早く詰む工夫がなされている作が多いが。
古時計完全説の骨子は、「合駒以外の玉方無駄手がある」ことだとわかったが、合駒以外の玉方応手はすべて有効手であって、そのうち作意でないものを変化と呼ぶのではなかったのか。
「原型復帰」の概念は玉方応手ではなく、攻方の無駄手(連続王手の千日手)を排除するために使われたものではないのか。持駒を含めての「原型復帰」判定と分けるべき。

議論はさらに5月号読者サロンにも続きます。

山田修司氏
誌上では反対意見が先行するようだが、詰工房サイトの詰将棋メーリングリストに寄せられた意見では逆の現象が生じているようだ。以下、各氏の意見。

山田剛氏
安江氏の論旨には概ね賛成。
無駄合はいろいろ問題を抱えてはいるが、みんなが賛成しようが反対しようが一つに決めなくてはならない。そのようなルールモデル論を確立する必要がある。

森田銀杏氏
その他にキズ作だと思っている人もいるだろう。私も、馬鋸の無駄合と同様にやむを得ない変長だと思うので、作意との相対評価で出題の適不適を判断すべき。

田口正明氏
どうもピンとこないので敬遠したい。

伊藤正氏
玉方最長の「例外」をいくのが無駄合の概念。例外が形成されるには「こんな手は意味がない」という共通感覚が必要。

山田剛氏
ここでいう共通感覚が、「詰将棋界における共通感覚」だとすれば、閉じた世界におけるそれが最優先されていいのだろうか。「詰将棋界のしきたりを理解できない輩はこの世界に入ってくるな」とならないか心配。

伊藤正氏
安江論文における古時計完全説の証明は、「無駄合が禁手になった理由は一般化できる」ことを前提としているが、果たしてそうか。

山田修司氏
詰将棋はフェアリーと違って、まずルールありきではなく、実戦の終盤から派生したものなのだから、ただ相手に駒を渡すようなそれこそ意味上における意味のない手を許さない実戦感覚が背景にある。だから無駄合はしないこととして発展してきた。
歴史的に考察するなら、詰将棋の解答募集形式の普及に伴い、そのルールが後付されたのだ。
「玉方最長則の例外が無駄合」なのではなく「無駄合の排除によって玉方最長則が成立している」と考えれば、見え方も変わってくるのでは。

摩利支天氏
先月号に出ていた意見は、今後の詰将棋の発展を考えた建設的な意見とは言いがたい。
古時計は、従来の規約の概念のあり方を問う問題提起だった。
詰将棋のルール作りとして捉えるべき問題が、いつの間にか作品成立のための問題にすり替わってしまっている。

山田修司氏
これだけの評価を受けた作品を、一朝にして不完全作としてしまった扱いは乱暴だった。
結論は保留し読者の意見を広く求めるというのが、鶴田主幹依以来のパラの伝統ではなかったか。
あるいは問題点を明らかにした上で評価は鑑賞者と歴史の審判に委ねる、でもよかったと思う。

松沢成俊氏
「不完全作は乱暴」には賛成だが、私は古時計を解いたとき、作意がわからなかったのだ。この無駄合絡みの引き延ばし手順が完全に不問になるとは思えない。少なくとも解答募集のときは明らかに詰まない順以外は正解にしてもらわないと困る。

山田修司氏
作品の完全・不完全とは別に、解答規定の面で考慮すべきことがある。
これらの概念を混合しないようにしなければいけない。
いずれにしても、10年前の古時計発表時に、この問題に気付けなかったことを歴史的事実として受け止めるべきだと思います。



ここまでをまとめるのにたいへん苦労しました 笑。
さらに翌月、6月号に続きます。さらに要点だけをかいつまんだ書き方になりますが。

安江久男氏
いったんルールを決めたら、当事者のみならず、第三者が客観的に判断して同じ結論に至る指標になってこそルールたりえる。たとえ感覚的に違和感を伴おうと、条件に合致する限り適応しなければならない。ただし、評価を与えるのは鑑賞者に許された自由な権利だ。
客観性のあるルールは必要。だからこそ数百年続いた妙手説は排除されたのだ。「原型復帰する手順が難しいから有効合とみなす」という考え方では、客観性のあるルールを作ることは困難。それこそ作品の完全性と解答審査を正しく分けて考えることができれば、回帰手順の複雑さは何の障害にもならないと思うが。
私が引用した山田さんの発言は仲間内でのメールのもので、公式な発言ではなかったことは申し訳ない。だれの責任かという部分は本旨ではないことをご理解頂きたい。また当時まだ若かった作者に多くを求めるのも酷ではないかと。
いずれにしてもルール規約が簡単に割り切れるものではないが、少なくとも古時計に関しては早急すぎた不完全作判断を白紙に戻すべきだ。

護堂浩之氏
作品の完全性と解答規定を切り離してしまうと、合意が取れているとは言いがたく、看寿賞の選考方式にさえも影響するのではないか。
とにかく安江論文だけで古時計が動いていると言うには不十分。議論を突き詰めた結果、古時計が不完全作となったとしても、詰将棋の歴史から忘れられることはないでしょう。
ただ、名作選などに掲載できないということはあるかもしれないが、それは編集者側の問題だろう。

川崎弘氏
無駄合などの曖昧な部分をそもそも明確に決める必要があるのかどうか。「シロクロは明確に決め得る」の判断に基づき「決めるべきだ」を方針とする立場と、「実戦から自然発生した詰将棋ではシロクロを明確化できない部分がある」として「せめて灰色度を判断する基準だけは明文化しよう」とする立場がある。もし規約作りをするならば、どちらの立場で行うかをはじめに決めなければいけない。
私は後者派だが、コンピューターに触れている方は前者かと。もちろんソフトを作る上では前者の立場をとる必要があるが、それを実用に100%適応させるか否かは別問題。

筒井浩美氏
古時計はさておき、大矢数に代表される原型復帰型無駄合について、これを無駄合とする論拠は「持駒には限りがあるのでいずれは合駒ができなくなってしまう」ことだと思うのだが、例えば図巧100番における77同との応手は「いずれはと金がなくなり桂を取れなくなってしまう」から無駄な応手であるといえるのではないか。その根本的な違いとは。(図巧100番の例についてはわかりやすいように鈴川が勝手に替えました。なおこの疑問に対する僕なりの答えは、「持駒が玉方から攻方に渡ることによる玉方のメリットは論理的にゼロだが、盤上の玉方駒が消えることの玉方のメリットは時としてプラスになるから違う」です)
山田氏は実戦感覚云々と仰っているが、近代の詰将棋は実戦感覚を排除する方向に動いているように見える。そんな流れの中で実戦感覚に基づく判断をすることは時代に逆行しているのでは。



詰パラに載っている、古時計に関する論争は、おそらく以上です。
繰り返しますが、僕はこの場で無駄合規約について議論しようとしているわけでもなければ、新しいルール規約を作ろうとしているわけでもありません。
ただ今までネット上では情報がなかった古時計という作品に関して、これから詰将棋に取り組んでいこうという方々にも知っておいてもらいたかったこと。
そして詰将棋のルールについて今後議論したい方は、今まで何度か行われてきたこのような議論を踏まえた上で、相当の覚悟を持って行って頂きたいということ 笑。
歴史を知らずして今を語ることはできません。しかし詰将棋という小さな世界では歴史を知る方法も限られている。だからその一部だけでも、ネットを通して、ここに紹介しておきたいと思ったのです。

そして僕もこれをまとめる上で、以前ちらっと言っていた詰将棋機械論およびソシュール言語学的詰将棋分析法に関して、少し前進したように思います。

実戦から派生した詰将棋は、独立の分野を切り開くため、ルールの大枠が用意された。
そこではもちろん実戦的に妙手とされる手が妙手と扱われてきた。
しかし現代では、詰将棋の芸術的要素をさらに開拓しようとしている。
だから、ルールを先に用意することによって、詰将棋のフォーマットを逆転させてみる。
意味により言語が作られるのではなく、言語があるから意味が発生するのだ。
我々は、言語記号の網の目を通してしか、事物を分節できない。
言語を用意すれば、その組合せのすべてのパターンを網羅できる。
新しい言語をもとに形成された詰将棋では、いったいどんなことが表現できるのだろう。

田島秀男作401手の鑑賞

今月号デパートで解答発表されている、正解者0人の田島秀男作。
この結果稿の文字数ではまったく語り尽くせていないのだろうとは思いますが、とりえあえず解説を読んで、作意がなぜ成立するのかというところまでは理解しました。
おそらく敬遠して手順もまだ見ていない方が多いと思いますので、そういう方のために簡単な解説をここに用意してあります。



2/19 細かい変化・紛れを加筆修正しました

長編には疎い僕で、どんな作品でも見るたびに、よくこんな手順が実現するものだと感心してしまうのですが、この作品の深みは突出しているものがあります。
上のフラ盤で、作意と主要な分岐を見るだけでも、ぜひ。

そして、なぜこれを記事に取り上げたかと言いますと、同じく原型復帰型無駄合の理論を使った「古時計」にも焦点を当てたかったからです。
こちらは次の記事で書く予定です。

このセカイに意味はあるか

なんか変なタイトルですが、オオサキさんのブログを真似てみました。
土曜日、Twitter上で無駄合に関する熱い議論をしていました。もともと桃燈さんが作った作品が、無駄合かどうかグレーな部分があるということで、それに僕とikironさんが加わって話していたのです。
で、それを考える上でテーマになるのが、詰将棋の手に意味を見出すべきなのか、ということ。
ひとまず次の図を見てください。

dashinmudaai.gif

これを見て、おおまかに4通りほどの解釈ができると思います。それぞれA、B、C、Dさんとして、議論してもらいましょう。



Aさん
15龍、14金合、同龍、同玉、24金迄5手の完全作。
2手目に22玉とするのは同手数駒余りなんだから、こっちが正しいでしょ。

Bさん
15龍、14金合、同龍、22玉、12龍、33玉、32龍迄7手駒余りの不完全作。
2手目14金合まではAさんに異論はないが、よく見てほしい。14同龍に対して同玉なら5手詰、22玉なら7手詰になる。駒余りになろうが玉方は最長の順を選ばないといけないから、こっちが本手順だよね。

Cさん
15龍、14金合、同龍、同玉、24金迄5手だが、4手目22玉は変長になるキズ持ちの作品だ。
現代のお決まりとして変長は許されないけど、これは合駒絡みであるし、何よりBさんの言う手順では14金合をした意味がまったく出ないのが気になる。

Dさん
15龍、22玉、12龍、33玉、32龍迄5手駒余りの不完全作。
14金合をした場合に同龍、22玉以下の手順が最善になるのはいいけど、2手目22玉とした手順と比べてみなよ。金合したかどうかに関わらず、ぜんぜん手順の本質が変わらないじゃないか。つまりこの14金合は無駄合で、玉方はそもそも14金合ができない。だから2手目は22玉と逃げるしかなく、これが本手順ということになってしまうよね。

Bさん
どうしても気になって仕方がないんだが、AさんとCさんにこう質問してもいいかい。14金合をした局面が初形の詰将棋があったと仮定しよう。

dashinmudaai2.gif

これならさすがに14龍には同玉と取れないだろうね。22玉以下の5手駒余りが正規の手順ということになる。でも君たちの考えによれば、これを2手逆算した原図では、14同玉が正しいと言う。逆算によって最善手順が変わるなんてことが、あってもいいのかい。

Cさん
確かに違和感のあるところだけれど、逆算で手順が変わるのがやむを得ない場合もあると思う。手には必ず目的というか意味があるはずで、それを無視して以下の手順を無機質に進めてしまうのが落とし穴なんだよ。14金合とするのは、同龍に対してそれを取ってやろうという意味があるからだよね。だからこっちを本手順にするべきだ。
Aさんも僕と似たような立場だと思うんだけど、変長ですらないって判断するのは、どうして?

Aさん
やっぱり詰将棋はすべての手に意味があるという考え方が元になってる。14金合、同龍に22玉と逃げるなんて、14金合の意味を消失させるっていうことだから。僕の中ではここでの22玉は「選択肢にない」っていう扱いだね。変化として考えてないから、変長ですらない。

Dさん
合法手なのに選択肢にないの? 玉方はすべての合法手の中から最善を尽くすことになっているのに?

Cさん
14金合とした以上、次の22玉は棋理に反する手っていうことだよね。まあでもグレーな部分が多いと思うから、僕は変長っていう微妙な扱いにしているんだけど。もし自分でこんなの作っても発表はするべきじゃないと思うし、したくもないな 笑。

Dさん
棋理なんて言葉が詰将棋に出てくるとは思わなかった。僕は詰将棋には一切の自由意志は働かないものと思ってる。つまりどういうことかっていうと、先に論理があって、それに従って詰将棋はできている。極端な話、詰将棋は論理の塊であって、最善手順は常に一つに決められる。でも、そこに人間が美や感動を見出すから、芸術としての側面が成り立っているんじゃないかな。
だから手に意味なんてなくていい。この14金合だって、歩合とか23玉とか数ある変化のうちの一つに過ぎず、僕らは機械的に最善手順を見分けなきゃいけない。
そういう点で僕とBさんは気が合いそうだね。

Bさん
僕もDさんの詰将棋機械論というか詰将棋唯物論には賛成したいね。でも14金合を完璧な無駄合とみなすのはかなり困難だと思うから、どれが最善手順かという点ではCさん寄りの意見。ただ僕の辞書には変長の文字がないものでね。このご時世、もう変長の概念がなくてもやっていけると思うんだ。そういうものは全部駒余りの不完全扱いでまとめたくて。

Aさん
詰将棋で手の意味を考えないとかありえないでしょ。例えばDさんの無駄合にしても、「無駄」って、意味があるかどうかという概念じゃないか。
逆に感覚的にこの手に意味があるかどうかの判断が先にあって、それをルールとして成文化したのが詰将棋だと思うけど。だからこそ今も無駄合議論は解決をみないわけで。

Cさん
僕はBさんとは正反対で、無駄合とかそういうものは全部ひっくるめて変長と考えてる。で、それが許されるかどうかは自分の感覚次第っていう感じ。
まあともかく、こんなに意見が分かれるんであれば統一的なルールを作ってそれを押し付けるようなことは難しいし、それをして得をする人もめったにいないだろうね。



議論が煮詰まってきましたね。
ちなみに僕は「Bさんに限りなく近いDさん」という立場です。

ナンセンスだとは思いますが、アンケートのようなものを設置してみます。




コメントは50字以内しか書けませんので、この記事のコメントのほうにどうぞ。

補足:もともとの議論の題材となったのは桃燈さんの作品で、これは未発表です。鈴川が意見が分かれた根本の部分を取り出して簡単な例題にしたのが、上に載せた図です。

参考:
Twitterグループトーク
ちょっとやってみる よく分からない合駒
書きかけのブログ シュレーディンガーの合
日記的空間 このセカイに意味はあるか:ルール論の観点から分析してみる
my cube 内応中合
my cube 第94回今週の詰将棋

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my cubeへようこそ。詰将棋のブログです。駒を並べてアートが表現できるって素敵なことじゃありませんか? 詰キストの方もビギナーの方も楽しんでいってください。

管理者:鈴川優希
月刊誌「詰将棋パラダイス」を活動拠点とする詰将棋作家。東京で学生してます。2009年5月に詰パラ初入選。2015年12月に最年少同人入り(入選100回)。半期賞4回。詰パラ連載「ちえのわ雑文集」の世話役に就任。現在、第一作品集を執筆中。来夏完成予定です。

第n回裏短編コンクール
2015年11月に開催した企画で、7手詰を募集して17作を出題しました。45名もの方に解答頂き感謝です。順位発表はニコ生で行いました。

第φ回裏短編コンクール
2016年、裏短コン2回目の開催。9手詰が25作も集まりました。現在、順次結果稿を作成中です。

たのしく、うつくしく。
僕が理想とする、「易しいからこそ楽しい」作品を紹介していく連載です。不定期更新。

解付き出題
自作を解付きで出していた企画で、現在#120をもって休止中。在庫整理の意味合いが強いです。

今週の詰将棋・
詰将棋ウィークリー

今週の詰将棋は2009年7月からの2年間100題。詰将棋ウィークリーは1012年3月からの50週は幻想咲花さんとのコラボ、それ以降は鈴川単独の出題で2014年3月まで、#100をもって終了しました。解答して頂いた方に感謝します。

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