「盤上に死を描く」激辛レビュー

詰将棋作家である井上ねこさん(井上賢一さん)が第17回『このミステリーがすごい!』大賞・優秀賞を受賞されました。おめでとうございます。
『このミス』大賞は乱歩賞と並んで、ミステリー作家の登竜門と言われています。乱歩賞に比べてミステリーとしての捉え方が広く、パニックホラーものや「入れ替わってる~!?」的な幻想譚まで、幅広いジャンルの作品が過去の受賞作にはあり、どちらかというとエンターテイメント性の高い作品が集まる賞です。
今回井上さんが書かれた「盤上に死を描く」は、詰将棋が鍵となる連続殺人事件ということで、今月6日に出た文庫本を購入して早速読んでみました。


あらすじ引用
"71歳の老婆が自宅で殺された。片手に握っていたのは将棋の「歩」、ポケットに入っていたのは「銀」の駒。その後、名古屋市の老人が次々に殺害されるが、なぜか全ての現場には将棋の駒が残されていた。被害者の共通点も見いだせず行き詰まるなか、捜査一課の女性刑事・水科と佐田はある可能性に気がついて――。事件が描く驚愕の構図とは?被害者たちの意外な繋がりとは? 衝撃のデビュー作!"

以下、ネタバレ要素の強いレビューとなりますので、特にストーリーの根幹に関わってくるところは伏せてあります(ドラッグで反転して読めます)。すでに読了している方だけでお願いします。
また、相当辛口のレビューになっていますので、そういうのが苦手な方や気分を害される可能性がある方は読まないようご注意ください。
あくまで、一詰将棋作家および一ミステリー愛好家としての感想ですので、深く考えられないようにお願いします。



まず、詰将棋の世界がかなり深く扱われているということ。
詰パラはもちろん、看寿賞や投稿用紙がどうこう、という話までも物語の主軸に関わってきます。(それぞれ、「詰トピア」、「宗看賞」となっていますが)
刑事が詰パラ編集部に捜査に入った時に、鶴田主幹(作中では鶴本)が登場して「詰将棋は一種の芸術だと思っているんだ」と語るシーンもあり。
作品の舞台は平成12年とのことで、現実では水上CEOの時代ですが、愛知県警を辞めて詰パラを創始したなどと書かれている点で鶴田主幹をモデルにしていることがわかります。
詰キストとしては嬉しくなりますね。

では、もう少し物語としての話の流れを追っていきたいと思います。
まず、主人公は30歳の女性刑事で、なんと元詰将棋作家です。しかも、作品を見て誰が作者なのかすぐにわかったり、正解者たった2名の難解な長編の余詰指摘をしたりと、そんじょそこらの詰将棋好きとは違って生粋のマニアです。
ウーン、相当無理をしている 笑。
そんな水科刑事がホスト風のイケメン佐田刑事とバディを組んで、連続殺人事件に挑むわけですが、いかんせんこの2人および愛知県警、とんでもないポンコツです。
まず水科刑事は詰将棋作家というバックグラウンドがあるにも関わらず、連続殺人の現場に残された将棋の駒に対して「駒自体に意味はない、これは同一犯人の犯行であることを強調するためのもので、他のなんでもよかった」などと、トンチンカンな推理をします。
読んでいる側からすればそんなわけないじゃん、とストレスばかり溜まる展開です。

結局2か月近く犯行が続いて、6人も襲われた段階に至って初めて、駒の意味を真剣に考えた水科刑事ですが、そこは詰将棋作家、ものの数分の思考でその真意に辿り着きます。やればできたんかい、とツッコミ。
一般人ならまだしも、詰キストなら、真っ先にその可能性を考えそうなものです。捜査を進めるにあたって得たいくつもの情報が謎解きのヒントになる、という構成にしないと、彼女らのそれまでの努力が意味をなさないのでは……。
(ちなみに詰キストの読者なら、ここの謎解きは自力でトライするのにちょうどいいレベルだと思いますので、水科刑事より早く解けた!という楽しさはあります。詰将棋を知らない人にはなんのことやらサッパリだと思いますが)

ともかく、水科刑事の成果によって残りの殺害ターゲットが絞られるのですが、犯行を止められずに「殺人図式」を完成させてしまった挙げ句、犯人にも死なれてしまいます。ポ、ポンコツだ……。
結局、看寿賞を獲り逃して自殺した詰将棋作家・矢場の元カノが発狂して無差別殺人鬼と化した事件、ということで事態は収束します。
ところが、詰将棋作家としての勘から、水科刑事は黒幕の存在に気づき、奔走する
……というのがだいたいのストーリー。

さて、すべて読み終わって、一番不可解なのは犯人の動機。
もちろん、ほぼ無差別殺人である以上、きっちりとした動機づけを望んでいるわけではないのですが、そもそもそんな大それた殺人を計画して実行する動機自体がないのです。
というのも、実行犯に関しては、相当精神的に参っていたところをうまく操られた、ということにしてなんとか理由付けできるとは思いますが、黒幕に関してはまったくの意味不明。
ゴーストライターにするつもりだった天才詰将棋作家・矢場を、自殺を装わせて殺したところまでは百歩譲って整合性はあります。しかし、そこからどうして「殺人図式」を作り上げる必要性があったのか。作中では、(1)詰将棋界への恨み、(2)矢場を有名にしてその作品を独り占めする、(3)自分の頭の良さを示すため、(4)匿名の余詰指摘者「詰一」をあぶり出すため、と説明されていますが、どれもことごとく矛盾します。蛇足かもしれませんが、一応以下で考察。

(1)詰将棋界への恨み
詰パラに発表した初入選作を女子中学生に余詰指摘されてけなされたからといって、それがどうして詰将棋界への恨みになるのか。黒幕は資金力のある初老の実業家なのだから、そこでムキになるような幼稚な考えをするとは思えない。もし仮に詰将棋界を恨んだとしても、それが詰将棋に無関係な人間の大量殺人へとつながる理由がまったくない。

(2)矢場を有名にしてその作品を独り占めする
矢場は黒幕にとっては天才に見えたかもしれないが、実際は看寿賞0回で発表したのは数十作だけ。出来の悪い「1」の殺人図式を世間に示したからといって、詰将棋を知らない一般人が「矢場は天才」と認識するに至らないだろう。さらに、黒幕が殺人図式を計画したのはおそらく矢場を殺した後。金の卵を生むめんどりを殺してしまって、彼の未発表の作品はせいぜい2、30しかない。たったそれだけを独り占めするために大量殺人を仕組むだろうか。当初の計画通り、矢場の遺作を自作と偽って発表すればよかっただけの話ではないだろうか。当然これなら矢場のブランド価値を上げる必要性はなく、殺人図式も必要ない。

(3)自分の頭の良さを示すため
あっ、はい。一番それっぽい理由。しかし世間的には、連続殺人犯は矢場の元カノの中年女として認識されるわけで、それで黒幕の自己顕示欲が満たされるとは思えない。

(4)匿名の余詰指摘者「詰一」をあぶり出すため
「矢場の傑作に余詰があったのは神の嫉妬のためだ」と本気で思っている黒幕なので、「詰一」なる人物をあぶり出したところでどうするのか。黒幕自身も「卑怯な人間さ」と口にしてはいるが、そこに「詰一」に対する恨みの感情があるとは思えない。また、殺人図式で世間を騒がせれば、自然に「詰一」があぶり出されてくると期待するのも不自然。その資金力と他人の心の掌握力を生かして自分で探せばいいだけの話では。

(それ以外の可能性)
そもそも黒幕は矢場が「引退する」と言った途端、感情的に殺してしまったのではなく明確な殺意があって矢場を「処分」したサイコパスである。こうなると、もっと以前にもたくさん人を殺してきた経験があるのかも知れない。となると、自分の詰将棋になぞらえて大量殺人を仕組む筋書きを、もとから考えついていた可能性が高い。そこにたまたま、冬村という錯乱状態の女が現れたので、都合よく利用して遊び感覚で殺人図式を演出したのではないだろうか。矢場の遺作をどうするとか、深いことは一切考えていなかった。これが一番矛盾がない。

というわけで結論としては、この犯人は自分で思っているほど頭が良くないということになります 笑。
私が推理小説において重視していることは、犯人の動機と、それがどのように犯行に現れてくるか、そしてそれを探偵役がどのように解釈していくか、という面ですので、詰将棋をいかにミステリーに組み込むかということを重視するあまり人間の行動が見事に空中分解してしまっているこの部分は、ひじょうに不満でした。
もっとも、そういう読み方をする読者は少数派で、多くの方は気にしないのかも知れません。

あともう一点、不満点があるとすれば、文章ですかね……。
『このミス』大賞の作品は、文章がまずくて読んでいるのが苦痛な作品もたまに見受けますが、それに対してこの作品は簡潔な文章で、クリアに頭に入ってきます。
ただ、あまりに真っ白で、抑揚が皆無です。
言ってしまえば、あらすじを箇条書きで読んでいるような感じ。緊迫した場面でも、常に同じトーンで描かれ、読んでいてドキドキも何も感じません。
登場人物たちの喜怒哀楽もほとんど伝わってこないので、なんだかそれこそ筋書きにそって都合よく動く「駒」みたいな印象。水科刑事と佐田刑事のバディだって、濃いキャラの設定上いくらでも魅力的なやりとりができるはずなのに、事務的なことしか動かず喋らずです。それぞれの持ち味をまったく生かすことができていません(佐田刑事が甘いマスクを使って情報を聞き出す、とかあってもよかったのに……)。そして警察も犯人もやっぱりポンコツなので、こいつら暢気だなあと一歩引きながら読むしかありませんでした。



というわけで、書いているうちに思わぬ長文になって驚いています。
かなり批判的な感想になってしまいましたが、ここまで真面目にレビューを書いたということは、実は私も意外に楽しんで読んでいたということの証明なのかも知れません。
気になった方はぜひ読んでみてください。

井上ねこさんのインタビューによると、次回作のあらすじを出版社に提出済みとのことなので、駒たちの躍動する作品を楽しみにしています。

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my cubeへようこそ。詰将棋のブログです。駒を並べてアートが表現できるって素敵なことじゃありませんか? 詰キストの方もビギナーの方も楽しんでいってください。

Author:鈴川優希
主に月刊誌「詰将棋パラダイス」に作品を発表している詰将棋作家。東京在住の学生です。詰将棋は小学生の頃から作り始め、2009年5月に詰パラ初入選。2015年12月に最年少同人入り(入選100回)。小~院すべての詰将棋学校で半期賞受賞経験あり。2016年4月より詰パラ連載「ちえのわ雑文集」の世話役に就任しました。原稿随時募集中です。

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2015年(第n回)・2016年(第φ回)に開催。使用駒数11枚以上、タイトル必須という条件で募集した作品を出題し、解答者に評価してもらうという企画です。結果発表はニコ生で行いました。作品の結果稿はブログ右袖のカテゴリーからご覧いただけます。なお、この裏短コンはほっとさんのブログ「詰将棋考察ノート」に受け継がれました。

今週の詰将棋・
詰将棋ウィークリー

今週の詰将棋は2009年7月からの2年間100題。詰将棋ウィークリーは1012年3月からの50週は幻想咲花さんとのコラボ、それ以降は鈴川単独の出題で2014年3月まで、#100をもって終了しました。解答していただいた方に感謝します。
※81puzzler閉鎖につき詰将棋ウィークリーの記事にはリンク切れが多いです。

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